京都 龍安寺の「境内の見どころ・回り方」と「見学拝観所要時間(目安)」※境内マップ(地図)付

スポンサードリンク

京都 龍安寺の「境内の見どころ・回り方」と「見学拝観所要時間(目安)」※境内マップ(地図)付

龍安寺は1450年(宝徳2年)に細川勝元(ほそかわかつもと)が徳大寺公有(とくだいじ きんあり)から徳大寺家の山荘の一部を譲り受け創建したの始まりです。

創建する際、開基に義天玄承(ぎてんげんしょう)、勧請開山に義天玄承の師である「日峰宗舜(にっぽうそうしゅん)」を据えて創建されています。

創建当初の龍安寺は現在の嵐電・龍安寺駅の線路向こうまで寺領があったと云われ、広大な寺領を誇っていたことが明らかにされています。

以降、南に位置する妙心寺(みょうしんじ)の塔頭寺院として存立しますが、応仁の乱による寺領の荒廃や細川家の衰退と共に寺領を狭め、現在の寺領に収まっています。

龍安寺のご本尊

龍安寺は石庭ばかりが注目を浴び、仏像にはあまり視線が注がれませんが、寺院なので御本尊がおられます。

龍安寺のご本尊は「釈迦如来坐像」です。

龍安寺の境内地図(マップ)とおすすめの回り方(拝観ルート)

回り方(拝観ルート)

山門→庭園・鏡容池龍安寺垣→勅使門→庫裏・侘助椿→蔵六庵蹲踞→方丈・石庭→仏殿(非公開)

※山門脇の拝観受付で拝観料を納めた後は境内を自由に散策できます(ただし、立入禁止・非公開エリアもあります)が、池を中心とした庭園を反時計回りに回りながら、途中で方丈・石庭に立ち寄るルートがスムーズでおすすめです。現地でも、そのように案内されています。

見学拝観所要時間(目安)

龍安寺の公式発表によると、拝観所要時間は約30分から40分ですが、庭園や庫裏・方丈内の見どころを事細かに観察し、茶屋や食事処へ立ち寄るなどすると、3時間から4時間ほど所要時間がかかる場合があります。

境内散策:約30分
方丈・庫裡内の拝観約40分
石庭:約20分
売店:約10分
御朱印授与:約5分から20分(混雑具合による)
西源院での食事(湯豆腐バカ食い)約40分
茶処(茶屋)約30分


スポンサードリンク -Sponsored Link-






龍安寺の境内の見どころ・一覧

山門

創建年

  • 不明
再建年

  • 江戸時代中期
    ※1755年(宝暦5年)の洪水で破損した後、再建されたもの。
門の建築様式

  • 切妻造、薬医門

山門は「さんもん」と読みます。

龍安寺の山門は龍安寺境内の出入口にあたる門です。

門をくぐるとすぐに「鏡容池」が見えます。

手前には少々スモールな寺務所があり、ここで庫裡内(石庭)への拝観券を購入します。

山門とは?「三門」とは違う?

山門とは、お寺の入り口となる門のことです。仏教寺院には「大雲山」龍安寺のように「山号」が付いていますので、山門と呼ばれています。

同じ「さんもん」でも「三門」と表記される門を持つお寺もあります。
三門は大寺院に多いのですが、それもそのはず、「三」の名の通り、入り口が柱で3つに区切られた、かなり大規模な門なのです。
京都では、知恩院、建仁寺、南禅寺などで見られます。

三門は「三解脱門(さんげだつもん)」の略称で、貪欲、瞋恚(しんに:怒り)、愚痴(愚かさ)から抜け出すという意味が込められています。また、3という数字は、空(くう)、無相、無願の3つを表すとも言われています。

つまり、「三門」は「山門」の中でも、特別な意味を込められ、特別な形に造立された門というわけです。

薬医門とは?

薬医門とは、門の本柱(鏡柱)の他に控柱が設けられた門の名称です。
2本の本柱の真後ろに1本ずつ、合計2本の控柱が建てられるのが基本形で、本柱と控柱を覆うように、切妻屋根がかかっています。

寺院から邸宅まで幅広く用いられる門で、扉を外した上で医家(いか:医者の家)の門としたことから薬医門と呼ばれるようになったとも言われています。

庭園・鏡容池【国の名勝】

龍安寺の庭園と聞くと、真っ先に石庭を思い浮かべる方も多いかもしれません。

でも、実はこの鏡容池(きょうようち)を中心とする日本庭園も、国の名勝に指定される素晴らしい庭園で、春の桜、夏の花菖蒲、秋の紅葉、そして冬の雪景色と、四季折々の美しさで国内外の参拝客を魅了しています。

角度によって、季節や天気によって様々な表情を見せるこの庭園も、龍安寺が金閣寺や仁和寺、清水寺などと共に「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されてる上で、きっと一役買ったことでしょう。

弁財天を祀る弁天島に立ち寄った上で、石庭までの道すがら、そして、帰り道にも、角度によって色々な表情を見せてくれる庭園の景色を、ぜひご堪能ください。

龍安寺垣

龍安寺の参道には、割竹が菱形に組まれた「龍安寺垣(りょうあんじがき)」があります。

お寺の中には、それぞれユニークな竹垣を持っているところがあり、それぞれのスタイルは、龍安寺垣、金閣寺垣、建仁寺垣のように、寺の名前を冠して呼ばれています。

関連記事: 龍安寺垣

庫裡・「侘助椿」

参道を進むと正面に見える、この立派な建物が「庫裡(くり)」です。

庫裡は江戸時代の 1797年(寛政9年)に火災で焼失した後に再建されたもので、もともとは台所・食堂ですが、現在は石庭の拝観入口として利用されています。

侘助椿

「侘助椿」は「わびすけつばき」と読みます。

その樹齢はなんと約400年と言われ、豊臣秀吉も称賛したという美しい花は、今も健在です。

秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の際、加藤清正が朝鮮から持ち帰った花(つばき)が起源とされ、後に清正から「侘助」という名の茶人へ苗が渡り、それが千利休ら茶人たちによって広まったと考えられています。

現在は各所で見られる「侘助椿」ですが、龍安寺のこの椿が、日本最古ということになります。

その他の説としては、茶道の「わび・さび」をとって「わびすけ」と命名されたとも言われています。

また、岩波書店が出版する「広辞苑」や龍安寺の公式ホームページによると、「侘助」なる人物が桃山時代に朝鮮から日本へ持ち帰って広まったとの記述があり、侘助という名称の由来は、実ははっきりとはわかっていません。

龍安寺「侘助椿」の場所と見ごろ時期

龍安寺の侘助椿は、庫裡の奥の縁側にあります。庫裡に入ったら、石庭に直行せず、ぜひ、この侘助椿もご覧ください。

毎年、3月上旬から4月上旬にかけてが見ごろとなっています。

茶室・蔵六庵と蹲踞(つくばい)

庫裡の奥には、「蔵六庵(ぞうろくあん)」と呼称される茶室あります。

創建は室町時代と伝えられており、当初は茶室というよりは住居として造営されましたが、後に茶室として改装されました。

蔵六とは「亀」を指す言葉ですが、なぜ、仏教寺院に「亀」なのでしょうか・・?

「蔵六庵」の名前の由来や歴史については、当サイトの以下↓のページでご紹介しています。
関連記事: 京都 龍安寺「茶室・蔵六庵」

「吾唯足知」の蹲踞

蔵六庵の出入口付近には、龍安寺を代表する見どころの1つである本物の「蹲踞(つくばい)」が置かれています。

蹲踞とは手水鉢のことで、その表面には4つの文字が刻まれているのですが、どんな意味があるか、あなたはわかりますか?

龍安寺の蹲踞の由来や文字の意味などについては、当サイトの以下↓のページでご紹介しています!
関連記事: 【吾唯足知】京都 龍安寺「蹲踞(つくばい)」

勅使門

創建年

  • 不明
再建年

  • 1606年(慶長11年)
建築様式(造り)

  • 前後唐破風屋根付き
屋根の造り

  • こけら葺き

勅使門(ちょくしもん)はその名の通り、「勅使(天皇の使者)」や重要な法要のみに通行することが許された門です。

よって現在では「開かずの門」になっており、一般参拝者の入場は叶いません。

ただし、身体障害者の方は受付へ歩行が難しい旨を告げることで、この勅使門から石庭の方へ入堂ができるようです。

創建当初は現在の勅使門よりも少しサイズの小さい門であり、方丈(石庭)へ入堂するための門として造営されたと伝わっています。

しかし1797年(寛政9年/江戸時代後期)に食堂(庫裡)からの失火によって炎上してしまいました。

その後の1606年(慶長11年)に境内の「西源院(せいげんいん)」から「方丈」とともに移築・再建されたのが、現在の勅使門です。

特徴的なのは門上部の欄間(らんま)の唐草模様の透かし彫りです。上部の鬼板の風変わりないかついデザインにも注目です。

方丈(本堂)【重要文化財】

画像提供:龍安寺

創建年

  • 1450年(宝徳2年)※室町時代
再建年

  • 1606年(慶長11年)※安土桃山時代
  • 1797年(寛政9年)※江戸時代
建築様式(造り)

  • 入母屋造
屋根の造り

  • こけら葺き
大きさ

  • 横幅:18メートル
  • 奥行き:21メートル

ご紹介した通り、創建当初の方丈(本堂)は江戸時代の失火により焼けてしまいましたが、現在のものよりも、全体的に小さな建物だったと言われています。

現存する方丈は、1797年(寛政9年)に、西側に造営されていた旧西源院の方丈を移築してきたものです。

尚、この方丈は京都龍安寺の「本堂」であり、「龍安寺本堂」として、国の重要文化財に指定されています。

方丈の最大の見どころ「襖絵」

龍安寺の方丈の最大の見どころが、墨で書かれた襖絵です。

この襖絵は1953年(昭和28年)から「皐月鶴翁(さつきかくおう)」なる絵師が約5年がかりで完成させたものであり、写真の龍の絵の他、北朝鮮の金剛山(クムガンサン)が描かれた襖絵もあります。

日本から遠く離れた遥か北朝鮮の金剛山が襖絵に描かれたのは、かつて日本が朝鮮を統治していた時代、北朝鮮の金剛山は日本有数の名山として知られ、観光地として栄えたことに由来するものと考えられます。

他に、狩野派の絵師「狩野洞雲(かのうどうしゅん)」の襖絵・「龍頭龍尾図」など、16枚の襖絵がありましたが、1797年(寛政9年)の火災時にほとんどが黒焦げに焼けてしまい、奇跡的に救い出された龍の襖絵のみが現存し、現在は龍安寺の蔵で大切に保管されています。

尚、この「龍頭龍尾図」は年に数回、特別一般公開されることがあります。

方丈とは?

方丈という言葉は、古代中国の蓬莱島という伝説の島に住んでいたとされる仙人の部屋が、四辺約3メートルの正方形であったことに由来しています。
※ただし、龍安寺の方丈は横(入り口側)よりも奥行き(石庭に面した側)がやや長い設計となっています。

「方」は四角形を示し、丈は「1丈(約3メートル)」の意味があります。
日本においては、主に禅寺において住職が居住した場所として位置づけられています。

石庭【国の史跡・特別名勝

龍安寺の代名詞でもあるこちらの石庭(せきてい)は、「方丈石庭」として、国の史跡および特別名勝に指定されています。

隅から隅まで、非常にち密に計算されて作られたようなのですが、作庭の意図や15個の石の配置の意味など、未解明な部分も多く、大変有名な庭にもかかわらず、まだまだ謎に包まれています。

その神秘的な姿が、長年にわたって多くの人を惹きつけているのかもしれません。

石庭の見学におすすめのシーズン・天気は?

既にご紹介した龍安寺境内の庭園に比べると、石庭には「シーズン」などないように思われます。

しかし、よく見ると、石庭の周りを囲む土塀の向こう側には、木々が顔を出しています。

ですので、新緑の季節と紅葉の季節、そして冬枯れの時期と雪景色では、違った趣を楽しめます。

細かい所に目を向けるのであれば、石庭に置かれた石の周りの苔の色味も、季節によって変化します。

春には石庭に零れ落ちるシダレザクラも見られます。

天気については、太陽の光が降り注ぐ晴れた日はもちろんきれいですが、曇りや雨でもそれぞれの美しさがあります。

ただ、雨が強い日ですと、方丈の縁側からゆっくり鑑賞することは難しくなります。

龍安寺の石庭の作庭方法や石の配置についてなど詳しくは、当サイトの以下↓のページでご紹介しています!
関連記事: 京都 龍安寺の石庭の「4つの謎と意味」を歴史からヒモ解く!


スポンサードリンク -Sponsored Link-






仏殿(非公開)

方丈や石庭を見たら外に出て、「帰路→」の案内板に従い、境内を一周する形で出口へ向かいます。

仏殿は方丈の奥にあり、通常は非公開で、龍安寺の檀家さんの法要時にのみ使用されているようです。

建物は、庫裡や方丈と同じく江戸時代の火災で焼失した後、200年の月日を経て、1981年(昭和56年)に、やっと再建されたものです。

再建に際しては、樹齢1000年から1200年の台湾桧が用いられました。

正方形の建物に強く反り返った屋根、正面に見える火灯窓(花頭窓)など、禅宗建築の特徴を持つ、立派な建物となっています。

瓦葺きの庫裏、こけら葺きの方丈、そして銅板葺きの仏殿と、それぞれ個性的ながら、周囲の雰囲気に不思議と溶け込む3軒の堂宇は、実はすべて繋がっていて、本来は行き来できるようになっています。

西の庭(通常は非公開)

仏殿には「西の庭」があり、西の庭には龍安寺を開山した細川勝元を祀った「細川廟」があります。

細川廟の堂内には細川勝元の木造坐像が安置されています。

仏殿・照堂(通常時は非公開)

仏殿の背後には「照堂(しょうどう)」、別名「開山堂」があります。

「照堂」とは禅宗の寺院の開山や始祖などの位牌を安置して祀るための堂舎です。

現在の照堂は1977年(昭和52年)に再建されたもので、再建前の旧照堂は東福寺の「龍吟庵」から移築されてきたものになります。

照堂の内部では左から日峰宗舜(にっぽうそうしゅん)、義天玄承(ぎてんげんしょう)の位牌、特芳禅傑(とくほうぜんげつ)の像が安置され、中央に「釈迦如来坐像」が安置されています。

義天玄承は細川勝元と共に龍安寺を開創した僧侶でありながら、像ではなく位牌しかない理由は、当人が自らの像を造って崇めるのを嫌い、禁じたためだと伝わっています。

龍安寺の周辺の見どころ(観光スポット)

既にご紹介しましたが、龍安寺の東西には金閣寺と仁和寺があります。

また、龍安寺と仁和寺の間には、日本最大の禅寺・妙心寺があります。

金閣寺

言わずと知れた金閣寺は、龍安寺と同じく、古都京都の文化財の1つとして世界遺産に登録されています。

足利義満の時代から今までの焼失と再興の歴史に思いを馳せながら、黄金に輝く「金閣」こと鹿苑寺舎利殿を、ぜひご鑑賞ください。

雨や風がない穏やかな日には、池に金閣が映り込む「逆さ金閣」が見られますよ。

限定のお守りやお土産も豊富です!

  • 拝観料金:大人400円、小中学生300円
  • 拝観時間:9時~17時

妙心寺

妙心寺は、龍安寺も属する「臨済宗妙心寺派」3400寺を束ねる、大本山です。

重要文化財の建造物が13件もあり、また、3つの庭園が国の史跡および名称に指定されているなど、境内の中心エリアだけでも見どころ満載です。

この他、約30ヘクタール(東京ドームの建築面積の約6.4倍)の広さの境内に46もの塔頭(たっちゅう:境内またはその付近に建てられた、祖師・高僧を偲ぶ塔・庵・墓などを起源とする小院)立ち並んでいます。

一番の見どころは、八党の天井に描かれた「八方にらみの龍」と呼ばれる雲龍図で、狩野探幽が8年かけて描いたものなのだとか。

龍安寺からは便利な電車やバスがないのが難点ですが、徒歩で、またはレンタサイクルやタクシーを使って、ぜひ行ってみてください。

  • 拝観料金:大人700円、小中学生400円
  • 拝観時間:9時10分~15時40分
    ※20分おきに拝観案内(12時台は1回のみ)。4時台は3月~10月のみ。

仁和寺

金閣寺、龍安寺、妙心寺はいずれも臨済宗という禅宗のお寺ですが、仁和寺は「真言宗」御室派の総本山ということで、続けて参拝すると、少し違った雰囲気が味わえるかもしれません。

国宝「金堂」を始め、多数の重要文化財、登録有形文化財の建造物を有し、境内の桜は国の名勝に指定されています。

無料で見られる部分だけでも見どころはたくさんありますが、文化財としても重要な建物が集まる「御殿」も、ぜひ拝観してください。

春には桜、秋には紅葉が美しく、夜間拝観、ライトアップを始めイベントも多数開催していますので、最新情報を確認の上、お出かけください。

なお、仁和寺も、金閣寺、龍安寺と共に、世界遺産に登録されています。

  • 拝観料金(御殿):大人500円、小中学生300円
    ※境内散策自由
  • 拝観時間:
    3月~11月 9時~17時
    12月~2月 9時~16時30分

京都駅から龍安寺へのアクセス(行き方)

龍安寺の最寄り駅

  • 嵐電(京福電鉄北野線)「龍安寺駅」:龍安寺山門まで徒歩約9分

龍安寺の最寄バス停

  • 市バス50系統・55系統ほか「立命館大学前」バス停:龍安寺山門まで徒歩約9分

  • 市バス59系統「龍安寺前」バス停:龍安寺山門まで徒歩約2分

京都駅から龍安寺へのアクセス(行き方)

京都駅からは、市バス50系統が便利です。

龍安寺は嵐電(京福電鉄北野線)「龍安寺駅」からも近いのですが、嵐電は嵐山方面、あるいは、四条大宮方面からのアクセスには便利なものの、京都駅からですと不便なので、おすすめできません

  • バスの系統・行き先:市バス50系統「北野天満宮・立命館大学行き」
  • 乗車バス停:京都駅前バス停 B2のりば ※時刻表
  • 降車バス停:立命館大学前バス停
  • 所要時間:約36分
  • 運賃:230円

降車する立命館大学前バス停から龍安寺の入り口(山門)までは、上述の通り、徒歩約9分ほどとなっています。

〈車でおでかけの方へ〉龍安寺の駐車場情報

龍安寺には、バスも駐車可能な大型駐車場があります。

参拝者専用駐車場で、基本的には無料で利用できます。

  • 営業時間:通常8時~17時
  • 収容台数:約100台(バス含む)
  • 駐車料金:龍安寺拝観で1時間無料、「西源院」または「菜の花」でお食事をした場合はさらに1時間無料

龍安寺から周辺スポットへのアクセス(行き方)

龍安寺から近い、金閣寺と仁和寺へのアクセス方法をご紹介します。

龍安寺から金閣寺へのアクセス(行き方)

龍安寺から金閣寺までは、「きぬかけの路」を通って徒歩20分程度なので、歩いても行けますが、バスの利用も便利です。

  • バスの系統・行き先:市バス59系統「四条河原町・三条京阪行き」
  • 乗車バス停:龍安寺前(竜安寺前)バス停 ※時刻表
  • 降車バス停:金閣寺道バス停
  • 所要時間:約5分
  • 運賃:230円

金閣寺道バス停から金閣寺の境内入り口(黒門)までは徒歩約3分、拝観受付までは、徒歩約7分です。

龍安寺から仁和寺へのアクセス(行き方)

龍安寺を挟んで金閣寺と反対側には、仁和寺があります。

距離にして1キロ弱なので十分歩けますが、やはり市バス59系統も利用できます。

嵐電で龍安寺駅から御室仁和寺駅まで行く方法もありますが、龍安寺境内からは駅よりもバス停の方が近いので、バスを利用した方が歩く距離を抑えられます。

徒歩の場合

龍安寺の山門から仁和寺の仁王門(二王門)までは、徒歩約12分の平坦な道のりです。

仁和寺には中央東側にも境内への入り口がありますが、どちらから入っても金堂までの距離はほとんど変わりません。

バスの場合

  • バスの系統・行き先:市バス59系統「宇多野・山越行き」
  • 乗車バス停:龍安寺前(竜安寺前)バス停 ※時刻表
  • 降車バス停:御室仁和寺バス停
  • 所要時間:約4分
  • 運賃:230円

御室仁和寺バス停は、仁和寺境内の目の前です!

電車(嵐電)の場合

  • 電車の行先:嵐電北野線帷子ノ辻行
  • 乗車駅:龍安寺駅
  • 降車駅:御室仁和寺駅
  • 所要時間:約3分
  • 運賃:220円

嵐電・御室仁和寺駅から仁和寺の仁王門までは、徒歩約3分です。

龍安寺の周辺・付近でランチをするならココ!

龍安寺周辺でお食事の予定がある方におすすめのランチスポットをご紹介します。

湯豆腐の専門店「西源院」(せいげんいん)

龍安寺の境内には「西源院(せいげんいん)」と呼称される子院があり、この子院ではなんと!「精進料理」&「湯豆腐」を味わうことができます。

  • 精進料理(七草湯豆腐付):3,300円
  • 七草湯豆腐:1,500円
  • ご飯のおかわり:200円

他にアルコール系のドリンクやジュースも取り揃えがありますので、お子さん連れでも訪れることができます。

精進料理自体の味付けは、ご飯のおかわりしてしまうほど、割と濃いめの味付けになります。

席は座席になり、西源院の日本庭園を眺めながら湯豆腐&精進料理を腹へしこたまブチ込むことができます。

尚、紅葉のシーズンやGW、お昼時は満席で待ち時間が発生することもあります。

西源院のお問い合わせ先「住所・電話番号・営業時間・定休日」

住所:京都府京都市右京区竜安寺御陵下町13(龍安寺)
電話番号:075-462-4742
FAX番号:075-462-4747
営業時間:10:00~17:00(L.O16:30)
定休日:年中無休

龍安寺のお休み処「菜の花」

もう1軒、龍安寺の駐車場から境内入り口へ続く道の途中にある、「菜の花」という土産物店・お休み処をご紹介します。

菜の花の名物はわらび餅や「ゆばまん」などちょっと一休みしていくのに最適な軽食やスイーツです。

  • 黒糖わらび餅:600円
  • ゆばまん:300円
  • みたらし団子:350円
ゆばまん(割ったところ)

また、うどん、そば、カレー、湯葉丼などの食事メニューもありますので、龍安寺の参拝前後のランチにおすすめのお店です。

西源院ですと、グループに1人でも湯豆腐嫌いがいると入れませんが、菜の花なら、各自が好きなメニューを選べるので、意見が分かれた時にも利用しやすいお店です。

アイスクリームやぜんざいなどのデザートもありますよ。

お食事メニューは1,000円~1,800円ほど。

菜の花のお問い合わせ先「住所・電話番号・営業時間・定休日」

住所:京都府京都市右京区竜安寺御陵下町13(龍安寺)
電話番号:075-461-8007
営業時間:10:00~16:30(L.O16:00)
定休日:不定休


スポンサードリンク -Sponsored Link-






龍安寺の人気・おすすめのお守りとお土産

数は少ないですが龍安寺にもお守りが授与されています。
オススメは「貝根付きのお守り」と「つくばいのキーホルダー」です。

貝根付きのお守り

「貝根付きのお守り」は、緑、白、紫、赤の4色展開です。
鈴が付いた小さな可愛いお守りです。

  • 貝根付きのお守りの値段:1つ310円
つくばいキーホルダー

「つくばいキーホルダー」は、金・銀・銅の3色展開です。
小ぶりながらズッしと重たいです。
カバンに付けると目を引きそうです。

  • つくばいキーホルダーの値段:1つ480円

龍安寺の売店は庫裡の中にあります。

お守りやキーホルダーの他、蹲踞や石庭がモチーフの文鎮(ペーパーウェイト)、手ぬぐいなど、個性的なお土産が揃っています。

石庭手ぬぐい ※最新の品ぞろえは、現地でご確認ください。

また、駐車場から境内入り口へ続く小径にも、土産物店が並んでおり、お菓子などはこちらで購入できます。

龍安寺で授与されている御朱印と御朱印帳

龍安寺では、「石庭」と書かれた御朱印1種類が授与されています。

また、オリジナルの御朱印帳や御朱印帳袋もあります。

授与所は、庫裡の中にあります。

龍安寺の拝観時間・拝観料金・お問い合わせ先など

拝観時間

  • 3月~11月:8時~17時30分
  • 12月~2月:8時30分~17時

※拝観受付は拝観時間終了の30分前までとなっています。

拝観料金

  • 大人:500円
  • 小中学生:300円
お問い合わせ先

龍安寺の拝観料金や拝観可能時間については以下の別ページにてご紹介しております。
関連記事: 京都 龍安寺 拝観料金(割引)と営業時間(拝観受付可能時間)・所要時間など

【補足】京都龍安寺の歴史(年表つき)

歴史
983年(天元6年) 円融天皇によって円融寺が創建される。実は円融寺が現在の龍安寺の起源とされています。以降、円融天皇が崩御され円融寺が衰退。
1147年(久安3年) 藤原実能(大徳寺実能)が円融寺を所領して賜り、この地に山荘を造営する。山荘が完成した後、「徳大寺」と名付け自らも「徳大寺」を称する。
1450年(宝徳2年) 細川勝元が山荘の一部を徳大寺家から譲り受け、以前から師と仰いでいた義天玄承を開山に据えて龍安寺を創建する。
1458年(長禄2年) 徳大寺公有が龍安寺へ領地を寄進する。龍安寺の寺領が増加。
1488年(長享2年) 細川勝元の息子「細川政元」が応仁の乱で荒廃した龍安寺を再建する。
以降、後世では龍安寺中興の祖と云われる。
1489年(延徳元年) 細川勝元が西源院を創建する。
1582年(天正10年) 龍安寺境内に塔頭「霊光院」が創建される。
1588年(天正16年) 豊臣秀吉が家臣団を引き連れて龍安寺へ来訪する。
方丈庭園へ訪れて句を詠む。
1606年(慶長11年) 西源院の方丈(現在の方丈)が造営される。
1797年(寛政9年) 食堂からの失火により、龍安寺炎上。方丈および周辺の堂舎を焼失。
1924年(大正13年) 石庭が国の史跡・名勝の指定を受ける。
1929年(昭和4年) 浴室からの失火によって龍安寺炎上。
1954年(昭和29年) 方丈庭園、国の特別名勝の指定を受ける。
1955年(昭和30年) 龍安寺全体としての庭園が「龍安寺庭園」として国の名勝の指定を受ける。
1967年(昭和42年) 方丈および勅使門が国の重要文化財の指定を受ける。
1975年(昭和50年) エリザベス女王が龍安寺へ来訪され石庭を拝観される。
1978年(昭和53年) 石庭の油土塀の屋根が「瓦葺き」から「こけら葺き」へ葺き替えされる。
1981年(昭和56年) 仏殿が造営される。
1994年(平成6年) 「古都京都の文化財」の1つとして石庭を含めた境内全体がユネスコ世界文化遺産の指定を受ける。
スポンサードリンク -Sponsored Link-

    

当サイトの内容には一部、専門性のある掲載があり、これらは信頼できる情報源を複数参照し確かな情報を掲載しているつもりです。万が一、内容に誤りがございましたらお問い合わせにて承っております。また、閲覧者様に予告なく内容を変更することがありますのでご了承下さい。

関連コンテンツ