京都・仁和寺の見どころと拝観ルート(境内案内図)・拝観所要時間

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京都・仁和寺の見どころと拝観ルート(境内案内図)・拝観所要時間

京都・仁和寺【世界文化遺産】

創建年:888年(仁和4年)
山号:大内山
宗派:真言宗御室派( 総本山)
正式名:大内山 仁和寺
別称:旧御室御所
本尊:阿弥陀如来
開基:宇多天皇
発願者:光孝天皇

札所指定

真言宗十八本山6番
京都十三仏霊場9番
近畿三十六不動尊14番
御室八十八ヶ所霊場
神仏霊場巡拝の道 第92番

仁和寺の境内案内図と拝観ルート

京都・仁和寺の境内は広大ですが、拝観できる堂舎やロケーションは少ないのでスムーズな拝観が行えます。

二王門仁王門)→御殿御朱印授与お守り授与)→中門五重塔九所明神経蔵金堂鐘楼御影堂水掛不動尊→大黒堂→観音堂→金堂手前の授与所(御朱印お守り授与)→帰途

仁和寺の拝観所要時間

仁和寺の公式サイトでは約1時間と記載がありますが、拝観所要時間は個人の拝観ペースによって異なります。

じっくりと拝観した場合の所要時間

御殿:約45分
中門から向こうの諸堂:約30分
金剛華菩薩像を拝観および御室会館で休憩:約40分

急ぎ気味で拝観した場合の所要時間

御殿:約20分
中門から向こうの諸堂:約15分

尚、朱印は御殿の入り口で朱印帳を預ける形で授与して頂き、拝観後に朱印帳を受け取る形になります。
金堂手前の授与所でいただく際は、混雑していなければ1、2分程度の待ち時間で済みます。

上記の拝観時間は桜時期や紅葉時期を除いています。境内の桜や紅葉を観る場合はその分の時間がプラスされます。

仁和寺の拝観料金や営業時間、拝観所要時間の詳細については当サイトの以下の別ページにてご紹介しています。

京都・仁和寺の拝観料金(割引料金)・拝観所要時間・営業時間(拝観可能時間)・駐車場の場所・拝観ルートなど

京都・仁和寺の見どころ

 御殿

御殿は仁和寺の歴代の門跡が生活をした場所であり、門跡が暮らすに相応しい殿舎や堂舎を観ることができます。
御殿は明治20年に火災で焼失していますので、現在観ることのできるほとんどの御殿の姿は明治20年以降に再建された時のものです。
御殿の敷地内には以下のような建造物が建ち並んでいます。
  • 宸殿(宸殿庭園)
  • 黒書院
  • 白書院
  • 霊明殿
  • 勅使門
  • 茶室2つ(後述)

宸殿には庭園があり、中央には君の透き通る白い肌のようにそれはそれは美しい池泉式庭園があります。

仁和寺の御殿に関しての詳細は当サイトの以下の別ページにてご紹介しております。
「茶室・遼廓亭」「茶室・飛濤亭」【重要文化財】

 
仁和寺に唯一、存在する茶室であり、双方の茶室とも御殿の奥にあります。
茶室なので数寄屋造りの意匠をもって造営されています。

 

「茶室・遼廓亭」と「茶室・飛濤亭」については以下の別ページにてご紹介しております。

京都・仁和寺「茶室・遼廓亭」「茶室・飛濤亭」【重要文化財】

 

中門 【重要文化財】

仁和寺の仁王門(二王門)から入って直進した先に位置する仁和寺伽藍の第二の門です。

この中門の創建は江戸時代初期であり重要文化財の指定を受けている朱色の門になります。

仁和寺の中門に関しての詳細は以下の別ページにてご紹介しております。

京都・仁和寺「中門」【重要文化財】

 

五重塔 【重要文化財】

由緒ある歴史をもつ寺院の境内になくてはならないものが五重塔です。

仁和寺の境内にももちろん五重塔がそびえ立っています。ゴぉ~

現在の仁和寺の五重塔は江戸時代初期に造営された仏塔ではありますが、江戸時代以前に仁和寺の伽藍に五重塔が存在したのかは不明です。

仁和寺の五重塔に関しての詳細は以下の別ページにてご紹介しております。

京都・仁和寺「五重塔」 【重要文化財】

 

九所明神 【重要文化財】

仁和寺の鎮守社(神社)です。仁和寺境内の北西に建っています。

九所明神とは変わった名前ですが「きゅうしょみょうじん」と読みます。

九所という名前は9柱の神様を祀っていることが由来となります。

主祭神として八幡神が祀られています。

八幡神

誉田別命
比売神
神功皇后

仁和寺の九所明神に関しての詳細は以下の別ページにてご紹介しております。

京都・仁和寺「九所明神本殿および左右殿」 【重要文化財】


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経蔵 【重要文化財】

経蔵とは「きょうぞう」と読み、その寺院に伝わる経典(お経)が収納されている堂舎になります。

それなりの伽藍を擁する寺院であれば境内に経蔵が建てられています。

仁和寺の経蔵の内部中央には輪蔵(りんぞう)という回転式の棚が設置され、768個もの棚に天海版の一切経(いっさいきょう)が納められています。

仁和寺の経蔵に関しての詳細は以下の別ページにてご紹介しております。

京都・仁和寺「経蔵」【重要文化財】

 

金堂 【国宝】

金堂は仁和寺の本堂になります。

かつて京都御所に存在した紫宸殿を移築してきたものが現在の仁和寺の金堂になっています。

この仁和寺の紫宸殿は日本最古の紫宸殿であることから、国宝の指定を受けています。

建築様式もかつての御所に存在した建造物らしく少し特殊な造りをしています。

特に目を見張る造りとなるのが、屋根の裏側の部材である垂木が三軒(みのき)と呼ばれる様式で造られています。

金堂に関しての詳細は以下の別ページにてご紹介しております。

京都・仁和寺「金堂」【国宝】

 

鐘楼 【重要文化財】

仁和寺の鐘楼は中門を越えた先に位置し、御影堂の手前になります。

仁和寺の鐘楼は江戸初期に造営されたものでありながら、重要文化財の指定を受ける理由は、その形状にあると言えます。

屋根が大きいのですが、それに比例して裾が広く遠目から見ても非常に均衡のとれた形状をしていることが分かります。

このような形状をした建造物を「袴腰式」と呼び、他に城郭の石垣の形状などの呼称も「袴腰式」などと呼ぶこともがあります。

仁和寺の鐘楼に関しては以下の別ページにてご紹介しております。

京都・仁和寺「鐘楼」【重要文化財】

 

御影堂 【重要文化財】

御影堂は、真言宗の宗祖「弘法大師・空海」がお祀りされている堂舎です。

堂舎ではありますが、正面に見える蔀戸(しとみど)や光り輝く金飾りなど堂舎に似つかわしくない造りが見えます。

これはもともと京の御所にあった清涼殿(せいりょうでん)を江戸時代初期に移築してきたからであり、涼殿自体が鎌倉時代に造営された建造物であることから国の重要文化財の指定を受けています。

堂内は外陣と内陣の一応の区切りがあり、内陣には大師の像が須弥壇の上に安置されています。

外陣部分には靴を脱いで入堂することが可能で、間近で大師に拝することができます。

また御影堂の手前の中門は小さい普通の門ながら重要文化財の指定を受けているほどの門になります。

御影堂を手前にみて右奥にも東門があり、ここから後述する水掛け不動尊に行くことができます。

御影堂に関しての詳細は以下の別ページにてご紹介しております。

京都・仁和寺「御影堂(中門)」 【重要文化財】

 

水掛不動尊

水掛け不動尊とは、その名前の通り水掛けタイプの不動明王さんがお祀りされています。

石製のお不動産さんの前にはクソほど深い井戸があり、クソほど長い杓が置かれていて、クソほど水をかけて祈願することができます。

また、菅原道真に由来した石も祀られています。

水掛け不動尊に関しての詳細は以下の別ページにてご紹介しております。

京都・仁和寺「水掛け不動尊・菅公腰掛石」【近畿三十六不動霊場・十四番札所】

 

大黒堂

大黒堂は七福神の大黒天が祀られているお堂になります。

毎月28日には護摩供という法要が営まれます。

大黒堂は観音堂の手前、御影堂の向かい側に位置します。

また、西門を入ってスグとなる境内の西端にあるため、通り過ぎる方が多いですが、しっかりと参拝してください。

観音堂 【重要文化財】

観音堂は御本尊に千手観音菩薩を安置する堂舎です。

この観音堂の創建は古く、一説では平安時代から仁和寺の伽藍に存在していたと伝えられています。

観音堂は仁和寺最大の行事となる伝法灌頂(でんぼうかんじょう)が執り行われる場所です。

仁和寺の観音堂に関しての詳細は当サイトの以下の別ページにてご紹介しております。

京都・仁和寺「観音堂」 【重要文化財】

 

仁和寺の楽しみ方

御室桜

仁和寺には御室桜と呼ばれる背の低い(樹高が低い)少し変わった桜が群生しています。

御室桜が変わっているのは背の低いだけではなく、なんと!開花する時期が遅いことで有名です。

仁和寺の御室桜に関しての詳細は当サイトの以下の別ページにてご紹介しております。

京都・仁和寺「御室桜」の見頃時期・開花情報・拝観料金・時間など

 

紅葉

仁和寺は御室桜という桜が有名ですが、境内にはモミジも多数、自生しており、秋になると恋した君のホッペのように真っ赤~な紅葉を観ることができます。フフフ

仁和寺と言えば御室桜があまりにも有名なので「春」というイメージを払拭しきれない感は否めませんが、秋の仁和寺も京都を代表する大きな見どころです。是非!

仁和寺境内でモミジが多く群生している場所

五重塔から九所明神および経蔵へ抜ける参道
中門から金堂への参道の両脇

仁和寺のモミジの種類

山モミジ、カエデ、イロハモミジ、..etc

 

他に仁王門(二王門)の左脇に位置する御殿内の宸殿庭園の紅葉も秋の仁和寺の見どころとなります。

  • 仁和寺の紅葉が始まる時期と葉が落ちる時期:11月中旬~12月上旬
  • 三色の紅葉が観れる時期:11月中旬から11月下旬
  • 仁和寺の紅葉の見頃時期:11月下旬から12月上旬

霊宝館【登録有形文化財】

画像引用先:http://bunka.nii.ac.jp/db/

仁和寺の霊宝館は通常時は閉館しています。

館内には仁和寺に伝わる寺宝が収蔵されており、不定期で特別に一般公開されます。

春の特別一般公開は「霊宝館春季名宝展」になり、秋の特別一般公開は「霊宝館秋季名宝展」になります。

仁和寺・霊宝館の開館時期

霊宝館は年間2回、期間限定で開催されます。
春季が4月1日~5月第4日曜日、秋季が10月1日~11月23日です。

仁和寺へ訪れる際は是非!霊宝館が開館している時期を狙って訪れてみてください。ウフ

 

霊宝館の入館料金や入館可能時間については以下のページにてご案内しております。

京都・仁和寺の拝観料金(割引料金)・拝観所要時間・営業時間(拝観可能時間)・駐車場の場所・拝観ルートなど

成就山御室八十八ヶ所霊場巡礼コース

仁和寺の裏は実は山になっており、この山は「成就山」と呼称され、古くからこの御室の地にそびえ立つ山です。

この成就山にはなんと!「御室八十八カ所巡り 」と呼ばれる巡礼コースが設定されており、つまりは88もの堂舎が存在することになります。

この88と言う数字を聞いてピンっ!と来た方もいると思われますが、そうです!88の堂舎であの「四国八十八ヶ所巡り」の各霊場を表現しています。

1827年、当時仁和寺の座主であった第29世門跡・済仁法親王の時代、現在のように誰でも自由に県と県の移動すらできない時代であり、つまりは四国八十八ヶ所めぐりをしたくても簡単にできない時代でした。

そこで済仁法親王が、仁和寺の裏山に88の堂舎を建て、実際に「四国八十八ヶ所の砂」を持ち帰ってお祀りするよう発願され、四国に行かなくても誰でも88ヶ所巡りができるようになっています。

御室八十八ヶ所霊場巡礼の巡礼コース

仁和寺・西門からスタート→所要時間:約1時間→愛宕眺場(山頂)→所要時間:約1時間→仁和寺西門

  • 合計所要時間:約2時間
  • 距離:約3km

仁和寺88ヶ所ウォーク

仁和寺では上述の88ヶ所の堂舎を巡りながら、成就山をウォーキングするイベントが夏場から秋にかけて開催されています。

このイベントでは各88の堂舎にスタンプが設置され、堂舎を1つ巡るたびに出発前に配布されたスタンプ帳に押印して次々に堂舎を巡っていきます。

距離は約3キロで、仁和寺の西門から出て成就山へ登り、再び西門へ帰ってくる巡礼コースになります。

88ヶ所ウォークの開催時期

例年、概ね6月初週の日曜日から11月初週の日曜日まで(変更あり)

88ヶ所ウォークの申し込み方法

受付場所:仁和寺・茶所(中門奥、参道右)
受付時間:9時~12時
参加費:1人300円
予約方法:予約なし。当日、茶所へ集合

尚、参加者にはスタンプ帳交換する形で記念品が進呈されます。

詳細は以下の仁和寺公式サイトまで

URL:http://www.ninnaji.or.jp/hallowed_ground.html

写経

画像引用先:仁和寺

仁和寺では写経をすることができます。

仁和寺の写経は写経会と呼ばれ、写経だけではなく法話も聞くことができ、より仁和寺のことを深く知ることができます。

写経の開催日時

毎月第3木曜日開催 午前10時30分〜正午まで(8月は休会)

開催日時以外での写経を希望する場合

仁和寺の写経は開催日時以外でも事前申し込み前提で申し込むことができます。
詳しくは仁和寺へ問い合わせて直接聞いてみてください。

受付時間

午前10時〜10時25分

写経会の流れ

午前10時30分:法話(約30分)

法話終了後、お勤め(読誦)

写経(正午まで)
※写経が終了した方から自由退出

仁和寺の写経の申し込み方法

仁和寺の写経は当日そのまま参加することができません。
事前に必ず予約が必要となります。
予約方法は電話もしくはメールにて予約受付できます。

予約連絡先

電話番号:075-463-1095(仁和寺)
Eメール:hana@ninnaji.jp

予約の際に伝えること

お名前
参加人数
写経する希望日

※最低、開催日の2日前(火曜日)までに申込が必要となります。
※10名以上40名以下で写経会の開催が可能です。
※仁和寺催事と重複する場合は中止になる場合もあります。

写経の料金(参加費)

1000円(写経用紙各種一枚につき)
※写経用紙は3種類から選ぶことができます。

写経に必要な持ち物

写経に必要な持ち物はすべて仁和寺の方で用意されている用具を使用します。

  • 下敷き
  • 文鎮
  • 筆ペン

※筆ペンは各自で持参する必要があります。
※毛筆の場合は墨・硯・筆が必要になります。
※尚、筆ペンは当日、会場にて1本300円で販売されてます。

書き終えた写経はどうなる??

書き終えた写経は記念に自宅へ持って帰ることもできますし、11月の写経奉納法要にて仁和寺金堂へ奉納していただくこともできます。
通常は、金堂へ奉納される方がほとんどのようですが、写経用紙を持ち帰りたい方は事前に相談することで持ち帰ることができます。

仁和寺の写経の会場(場所)

住所:〒616-8092京都府京都市右京区御室大内33
総本山仁和寺 寺務所内 2階 華道教室

仁和寺の写経に関しての詳細はコチラで確認してみてください。

宿坊

仁和寺の境内にはなんと!宿坊とも言うべき宿泊施設があります。

この宿泊施設の名前を「御室会館」と呼称し、宿泊者限定でなんと!仁和寺で毎朝執り行われる朝行(朝のお勤め)に参加できます。

  • 仁和寺・宿坊「御室会館」の詳細はコチラから

京都・仁和寺の歴史・由来

京都仁和寺は光孝天皇の発願によって887年(仁和3年)に大内山の麓、現在の仁和寺の場所に造営が開始されています。

建立した理由としては定かではありまっちぇんが、以下のような理由が述べられています。

  1. 国家の永久の安寧
  2. 仏門を学ぶため
  3. 文雅(歌詠みや雅な暮らしのこと)に浸るため 雅でおぢゃルのぅ

しかし、光孝天皇の代では完成に至らず、次代の天皇である宇多天皇の代になってようやく金堂が完成しています。時に888年(仁和4年)のことです。

ちなみに仁和寺の寺名は仁和年間に造営された堂舎という理由から「仁和寺」と名前が付けられています。

その後、宇多天皇も父である光孝天皇の意志を継ぐかのように自らも仏門や文雅に浸る毎日を送ります。

また、この時に真言宗に出会い信徒となり、904年(延喜4年)に金堂の南西あたりに僧坊を建て、しばらくした後に天皇を退位されています。

しかし天皇が暮らす住居であるとの趣旨から単なる僧坊ではなく、一応の豪華さを兼ね添えた御殿風の建造物が建立されることとなり、つまりは御室(おむろ)が造営されることになります。

後に「御室」という言葉は代々の門跡を指し示す言葉となり、やがて仁和寺の別称や仁和寺が建つ地名にもなっていきます。

仁和寺の炎上

創建から仁和寺の伽藍は益々大きくなっていきましたが、1001年(長保3年)、1119年(元永2年)に火災に見舞われ炎上しています。

以降、鎌倉時代初期までは最盛期を迎え、広大な面積の伽藍を誇り、伽藍には100を超える数の堂舎が存在していたと云われています。

しかし鎌倉時代中期に差し掛かると武家中心の社会が訪れ、武家と関わりの深かった禅宗が台頭するようになり、天台宗や真言宗など密教勢力が衰えていくことになります。

そして仁和寺史上もっとも大きな火災となったのが、応仁の乱(1467年から1477年)です。

応仁の乱と言えば足利幕府の有力な幕臣・山名宗全と、ほしのあきの戦いであり、・・アレ? あイヤイヤイヤ「細川勝元」!!が起こした戦いです。ふぅ~

こホンっ!

応仁の乱は京都中が主戦場となって11年間も戦が続いたために、兵火などの影響で京都中の寺社や街々は焼失し荒廃していきます。

応仁の乱の仁和寺には何を隠そう、西軍(山名宗全)の陣が設けられており、東軍が西軍に攻めかかった際、兵火によって仁和寺の伽藍はことごとく焼失することになります。

ようやく乱が終結した後も武家社会が続き、応仁の乱後の再建では禅宗寺院から再建されることになります。

そんな時代背景から仁和寺は付近に位置する双ヶ丘(右京区御室双岡町)の地に伽藍を移設してこの地に仮の御殿を造営することを余儀なくされます。

後、仁和寺は約150年間この双ヶ丘の地にとどまり、再興を夢見ることとなります。

仁和寺の伽藍、復っ活ぁ~つ!

仁和寺がようやく日の目を見ることができるようになったのが、江戸初期の三代目将軍・徳川家光公の時です。

当時の仁和寺座主第21世・覚深(かくしん)法親王は他の歴代の座主とは違い、雑草が生い茂る旧仁和寺伽藍を眺めては、ため息をつく毎日を送っていました。

しかしついに我慢の限界が訪れ「ある行動」にでることになります。

その「ある行動」とは、なんと!時の将軍・徳川家光公に近づいて家光公を説得し、再建の援助金を出してもらうことに成功してしまうのです。

1611年(慶長16年)には、京の御所で再建工事が行われており、この時に旧舎となる紫宸殿(ししんでん)や清涼殿(せいりょうでん)、常御殿(つねごてん)を家光公の仲立ちにより、なんと!仁和寺が賜ることになります。

下賜された後、すぐさま雑草の生い茂った仁和寺境内へ移築されることになり、1643年(寛永20年)にようやく仁和寺史上最大規模となる伽藍の再建工事が開始されることになります。

この再建工事では金堂をはじめ五重塔、御影堂、御殿(本坊)、宸殿、山門などの御堂が次々に造営され、1646年(正保3年)に現在見ることのできる仁和寺伽藍の寺観が完成し、落慶供養が営まれています。

しかし、残念ながら1887年(明治20年)に小規模ながら御殿から失火があり、御殿全体が焼失してしまいます。

以降、御殿内の建造物は1907年(明治40年頃)から徐々に再建が成され、御殿の寺観と旧容が回復されたのが1914年(大正3年)であり、これが現在見ることのできる御殿の姿となります。

尚、御殿以外の伽藍の建造物は、上述の徳川家光公の江戸初期の再建による姿です。

そして1994年(平成6年)には、晴々「古都京都の文化財」の一角として世界文化遺産の指定を受け今日に至っています。

【補足】仁和寺以外の「きぬかけの路」の2つ名刹!「龍安寺」「金閣寺」の見どころも必見!

仁和寺・仁王門の手前の道路は「きぬかけの路」と呼称し、仁王門を向かい見て右手の方向へ進めば龍安寺と金閣寺があります。

また逆に西へ進めば嵐山が見えてきます。

当サイトでは龍安寺と金閣寺に関しての見どころも紹介していますので、是非!ご参考にしてみてください。

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