【北野天満宮の長五郎餅】オープン日はいつ?メニュー(賞味期限)や感想(口コミ評判)と買える場所

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長五郎餅とは?(長五郎餅の簡単な歴史)

長五郎餅の主人の談によると、かつて北野天満宮境内(敷地内)は北の森、中の森、下の森と呼ばれる広大な敷地を素敵に誇っていたらしく、とりわけ当店は「下の森商店街」という場所にあったらしい。

長五郎餅は、天正十四年に創業という京都では最古の餅屋であり、その濫觴は同年に太閤秀吉(当時は近衛家の猶子になって藤原秀吉と名乗っていた)が正親町天皇より「豊臣」の姓を賜り、太政大臣に着座したその翌年の天正十五年、秀吉主宰で北野天満宮境内の松原(当時の地名)で催された「北野大茶会」に始まる。

北野大茶会での秀吉は自らが所持する自慢の茶器の数々、そしてド派手な黄金の茶室まで会場へ素敵に運び入れ、あまつさえ、当代随一の茶人と謳われた千利休も席入りさせるなど、贅を尽くした絢爛豪華きわまる茶会だったと伝わる。

この大茶会では秀吉自身が、「身分差なく無礼講を許す」「茶湯に志ある一般庶民衆でも参加を許す」などと、きわめて素敵に喧伝したことから、1,600近い人々が全国から群参し、それらの人々をでもてなすべく、多くの茶店も北野社参道の沿道を埋め尽くした。

その茶店の一つに古くから当地にて茶屋を営む「河内屋長五郎」という人物がいたのだが、この人物、餅を作れば右に出るものがいないと謳われるほどに餅の味には自信があったらしく、自身が独自に編み出した餡をくるんだ「羽二重餅」を、「よい機会だから秀吉様に食べてもらおう」ということで秀吉にを献上したらしい。(「御手洗団子」だったとも)

程なくして秀吉からの使者が長五郎のもとへ下向し、秀吉との謁見を求められた。

長五郎は勇んで秀吉の御前へ参じ、長五郎を目の前にした秀吉は静かに口を開くと‥「お主、名はなんと申す?」、続いて長五郎「はっ、河内屋長五郎と申します」、すると秀吉は「この餅にお主の名前を付けて、作りつづけよ」
‥と告げ、さらにその餅を商う権限を特別に与え、山城一円の法会茶屋株を公許した。

そして、時に1587年(天正十五年)10月1日、こぅして「長五郎餅」が当・北野の地にて産声を上げ、爾来400年間、長きにわたり連綿と餅を作り続け、明治維新までは皇室の御用達として各宮家へ、今日では北野社境内54社に供進する餅を献じるまでに到った。

長五郎餅の由来(以下、掲出の看板の内容)

北野名物・長五郎餅の由来は、遠く天正年間にさかのぼります。

この頃、北野天満宮が鎮座する一帯は濃く生い産つた森林に囲まれ、小川のせせらぎに銀玉の転がるごとく滝が落水し、秋には紅葉が美しい洛中きっての景勝地として、多くの参詣客で賑わっていました。

かの地において河内屋長五郎という者が、葭川(よしず)張りに床机(しょうぎ)を並べて参詣客をもてなしながら、永年の研鑽により茶菓を完成させました。

当時は菓子といってもまだ味も見た目も素朴なものが主流であり、長五郎が編み出した餡をくるんだ羽二重餅は、その上品な味わいと洗練された意匠で評判を呼び、後世の餡入り餅の祖ともなりました。

さて天正十五年、陰暦十月一日のこと。

太閤秀吉が公家や諸侯を集め、北野にたて豪華な神前大献茶会を催されました。

その折り茶菜としてこの餅が用いられ、秀吉公は殊のほか典雅な風味を賞されて、主の名より「長五郎餅」との命名を賜つたのです。

その後、明治維新に至るまで皇室のご用達となり、各宮家、とりわけ小松宮家や山階宮家からご愛顧を賜りました。

維新の際は諸国大名の多くが京都詰めとなって、各藩こぞって長五郎餅をお買い上げくださり、名声が全国津々浦々に伝わったということです。

以来、お蔭様で現在に至るまで、当地で創業四百余年の永きにわたって伝統を継承。

今もいにしえのままに極上大納言の風味を活かした、さらりとした甘さと、来肌のようになめらかな餅の口当たりが織り成す絶妙の味わいを守り続けて、皆様にご愛顧を頂戴しております。

北野名物長五郎餅本舗主人敬白

長五郎餅を食べた感想

‥というわけで長五郎餅の煎茶セット500円を素敵に、お願いして店内へと、きわめて素敵に入店♡

🍵煎茶セットの内容
  • 煎茶
  • 長五郎餅2個
  • 木製の菓子楊枝

この餅‥伸びる!伸びる!最近の鼻毛の成長&飛び出し具合ほど素敵にぃ!伸びる!伸びる!天まで届けぇ〜  どんな鼻毛や

そして、きわめつけは何といっても餡(あん)!

餡がもつ、自然の風味をお口の中でクチュクチュとモンダミン級に感じられる「こしあん(漉し餡)」。しつこい甘さがなく、後味スッキリで香ばしい♡煎茶と良く合う♡

そして、「羽二重餅」の名前が示すとおり、厚さを絶妙に調整した餅で、その漉し餡を超絶素敵に包み込み、餡との絶妙なバランスをはかってい‥申す。ひょ

長五郎餅の特徴・旨さの秘訣とは?

長五郎餅は400年という悠久の歴史を歩む中で、一意専心にて餅を作り続け、現在では「あん入り餅の祖」とまで謳われるほどに、その味に魅了される人々が後を絶たない。

長五郎餅の特徴としては、シツコイ甘さがなく後味はスッキリ、はたまた、餡がもつ自然の風味を最大限に活かした漉し餡(あん)に加え、ピザチーズのように伸びるほどに柔らかい、且つ、滑らかな食感の美味しい!と直感で感じられ〜る餅とを、きわめて素敵にブレンドし、絶妙な味加減で調製していることが素敵に挙げられる💘

長五郎餅の主人曰く、もち米を蒸して加工してから、もう一度、蒸すことによって、餅が本来もつ弾力性を最大化することができるらしい。

長五郎餅 北野天満宮店店内の様子

長五郎餅の北野天満宮店は1927年にオープンした北野社境内では唯一の常設店。

店内は木造の昔ながら土間造りを用い、木が持つ独特で温かみが感じられる店内。

赤布がかけられた床几台(しょうぎだい)のほか、 テーブル席も素敵に設けられ、ゆったりとしながら、餅の味をじっくりと楽しめる。

座席数は約30席といったところか。北野社の縁日である天神市が開かれる毎月25日になると満席で待ち時間も生じる。

なお、待ち時間が生じた場合、お土産として購入して境内で食べることは禁じてい‥ます。フェイント …ふぅ

長五郎餅 北野天満宮店の江戸時代を彷彿とさせる暖簾

創業天正年間

北野

💠長五郎餅

名物

天満宮御土産

‥‥と書かれた達筆で揮毫した暖簾。

長五郎餅の価格

2個入り 400円

6個入り 1,140円

10個入り 1,900円

15個入り 2,780円

この他、北野天満宮店で取り扱いがあるかは判然としないが、20個入り/3,620円も素敵にある。

おうす(お抹茶)と長五郎餅:700円(一客)

お煎茶と長五郎餅:500円

長五郎餅の賞味期限

製造日より2日

‥‥なので、土産物として持ち帰る場合は、注意が必要💘

長五郎餅の消費期限が短い理由

どうやら添加物などの化学製品を一切使用せず、創業時より受け継がれる伝統の味だけを守り抜き、厳選した天然の材料のみで謹製していることから、日持ちしないらしい。

長五郎餅は通販で買える?

長五郎餅では地方発送を受付しているようだが、『到着日当日の消費期限となります』としている。

また、12月~3月の寒期は餅が、すぐに固まってしまい、伝統の味が発揮されないことから、発送は控えているとのこと。

まさにコダワリにコダワリを持つ職人魂。誇るべきクラフトマンシップよ♡

長五郎餅の注文(長五郎餅本舗へリンク)

長五郎餅 北野天満宮店がオープンする日

✔毎月25日

✔大福梅授与日:12月13日(正月準備を始める事始めより素敵に授与♡)

大福梅授与日は、お土産の販売のみ(お茶席は素敵に休業)

長五郎餅 北野天満宮店の営業時間

午前九時〜午後四時頃まで

長五郎餅 北野天満宮店の場所

長五郎餅 北野天満宮店は境内東門を入ってすぐのところに位置する。

天満宮南端に位置する一ノ鳥居からの移動時間は、素敵に約05分。


長五郎餅 北野天満宮店の口コミ・評判

‥については、下記、食べログを要チェックや💘

食べログ

近くに長五郎餅本店もある!

北野天満宮から今出川通をまたいだ向こう側の中立売通沿いに長五郎餅本店(本舗)があるので、もし、オープンしていない日に来社した場合は、本店まで歩いていくとよろし♡

長五郎餅本店の営業時間と休業日

長五郎餅本店の茶席は、365日毎日営業しているわけではなく、以下の日にちは休止している様子。

✔12月上旬~年始までの土日祝日は休止

✔1月中旬~3月頃までの土日祝日は休止

参考:長五郎餅本店(本舗)

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