京都・仁和寺「木造阿弥陀如来座像および両脇侍像(阿弥陀三尊像)」【国宝】

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京都・仁和寺「木造阿弥陀如来座像および両脇侍像(阿弥陀三尊像)」【国宝】

画像引用先:https://goo.gl/n9d4iN

造立年

不明
推定:888年(仁和4年/平安時代初期)

大きさ

像高:89.5㎝※阿弥陀如来座像
像高:122.7㎝※左脇侍
像高:123.8㎝※右脇侍

材質

ヒノキ
金銅(宝冠、腕釧)

国宝指定年月日

1954年(昭和29年)3月20日

安置場所

仁和寺・霊宝館

木造阿弥陀如来座像および両脇侍像(阿弥陀三尊像)の読み方

仁和寺の境内には読みにくい名前の仏像や堂舎が存在しますが、木造阿弥陀如来は「 もくぞうあみだにょらい」両脇侍像は「りょうきょうじぞう」と読みます。

ところで・・「脇侍」とは?

脇侍とは脇の侍と書いて脇侍と呼びます。
意味は名前の通り、本尊の両脇を侍のように守護する仏様になります。
通例では本尊に関係のある仏像が配されますが、中には本尊と関連性の薄い脇侍が配されていることがあります。理由は定かではありません。

さらにところで・・「阿弥陀三尊」とは?

阿弥陀三尊とは、阿弥陀如来の脇侍として知られる勢至菩薩と観音菩薩を阿弥陀如来の両脇に据えて3尊とした姿のことです。

阿弥陀如来や勢至菩薩、観音菩薩は1体でも祀られていることがありますが、三尊が勢揃いする姿が本来の形となり、これは仏教における最強の形になります。

勢至菩薩は果てしなき智慧をもって衆生を救済し、観音菩薩は果てなき慈悲で衆生を救済する。

阿弥陀如来はすべての衆生を漏らさず救済する方法を考えています。

通常は阿弥陀如来の左脇に観音菩薩、右脇に勢至菩薩が配されます。

また一説によると勢至菩薩は衆生を救済する際、観音菩薩の慈悲を持ちいて智慧の種(心)を植え付け、悟りの心を会得させると云われています。

仁和寺・阿弥陀三尊像の歴史・由来

阿弥陀如来座像および両脇侍像は888年(仁和4年)に造立された仏像であると伝えられています。

以降、1467年(応仁元年)に将軍を補佐する幕府の二大幕臣・山名宗全と細川勝元ととの間に京都中を火の海した応仁の乱が勃発し、仁和寺の伽藍もことごとく焼失します。

その際、この阿弥陀三尊をはじめ什物はかつて境外に存在した仁和寺の子院・真光院に移されて戦火を何とか免れました。

つまり仁和寺の創建当初から現存する仏像であり、当初から金堂の御本尊であったと伝えられています。

ただし、現在の金堂には寛永期(江戸初期)の伽藍再建時に造立された阿弥陀三尊像が安置されています。

尚、仁和寺の阿弥陀如来三尊像は、観音菩薩、勢至菩薩を両脇に据えた例としては、日本最古の例と伝えられています。

阿弥陀三尊像の作者

この阿弥陀三尊像の作者は不明とされています。

不明とされる理由は、作者が明確になるような証拠が残されていないことが挙げられます。

仁和寺は創建以降の度重なる火災により、代々受け継がれてきた資料などが焼失しています。

阿弥陀三尊像の特徴

3尊ともに表情が穏やかでお目目は横に細く長い形状をしており、さらに高さのある肉髻(にっけい/頭頂部分)は、平安期に造像された仏像の大きな特徴でもあります。

体格はふくよかで、ポっちゃりとしており、特にふっくらとした顔にポチャぶりが顕著にあらわれています。

ふっくらとする作風は平安時代後期の作風によく見られ、また後述するようなタガネ彫りの装飾も平安後期の特色であることから一時は平安後期造立の説も考えられたようです。

また、阿弥陀如来座像はクソ腹の前で定印を結んでいますが、これは定印を結ぶ阿弥陀如来の例としては国内最古の例と云われております。

この阿弥陀如来三尊像の脇侍が「両脇侍」とされる理由は、どちらが勢至菩薩と観音菩薩なのかが明確ではなく、ハッキリとしないことから「両脇侍」と付されています。

もともと観音菩薩と勢至菩薩は容姿が類似しており、見分けるコツとしてはド頭部分の宝冠に付いている「水瓶(すいびょう)」か「化仏(けぶつ)」かで見分けます。

通例では観音菩薩は化仏、勢至菩薩は水瓶を付けていますが、仁和寺の阿弥陀三尊像は両脇侍とも同じ容姿で造像されているため、見分けが付かないことが「両脇侍」とされる理由になっています。

また、金銅製の腕釧(くしろ)や宝冠は平安期の仏像の特徴の1つであるタガネ彫りで造形されています。

ただし、タガネ彫りは主に平安時代後期の特徴とされることから、一時は平安後期の説も考えられたようですが、平安前期造立の醍醐寺の如意輪観音像の宝冠と作風が類似していることから平安前期の造立とされています。


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阿弥陀三尊像の造立方法

この阿弥陀如来三尊像はいずれもヒノキ材を用いた「一木造り」で造立されています。

表面は漆を塗り、その上に金箔を押した金色の仏像になります。

平安時代初期の仏像の特徴としては、一木造りを用いた素木造りの仏像として造像されますが、この本像は素木の上から上述したように漆でコーティングされ金箔が押されています。

阿弥陀三尊像が仁和寺の七不思議??

実はこの阿弥陀如来座像および両脇侍像は、仁和寺の謎と云われています。

その理由となるのが、仁和寺が真言宗の密教寺院であるのにも関わらず、浄土宗や真宗で崇拝される阿弥陀如来が事もあろうに本堂(金堂)で祭祀されているからです。

理由は定かではありませんが、創建当初から金堂で安置されていたことが明らかにされています。

この事実から以下のような理由が述べられています。

  • 仁和寺の初代別当が幽仙(ゆうせん)と呼ばれる天台宗の僧侶であったが浄土宗を心から崇拝するようになった。
  • 仁和寺を草創した光孝天皇が崩御した際、息子であった宇多天皇がオヤジを思うあまりに無理に発願した。
  • 仁和寺のスポンサーが天皇家だとするとその天皇家に影響を与える人物がいた場合、その人物が崇拝している宗派の思想が介在したため。

阿弥陀三尊像の特別一般公開について

この阿弥陀三尊像も薬師如来座像と共に通常は一般非公開とされ、御殿奥の霊宝館で安置されています。

ただしまったく一般公開されないわけではなく、毎年、春と秋に催される名宝展で特別一般公開されます。

仁和寺・霊宝館(春季・秋季)「名宝展」

日程

春季:4月初旬から5月末頃まで
秋季:10月初旬から11月末頃まで

開催時間

春季:9時~16時30分(16時受付終了)
秋季:9時~17時(16時30分受付終了)

料金

大人:500円
中高生:300円
小学生以下:無料

仁和寺・阿弥陀三尊の御朱印

仁和寺ではこの阿弥陀三尊に因んだ御朱印を授与されています。

授与している御朱印は中座の「阿弥陀如来」と脇侍の「勢至菩薩」の御朱印です。

それぞれの御朱印の中央に「阿弥陀如来」と「勢至菩薩」と墨書きされ、それぞれのシンボルとなる梵字の印が押印されています。

↑阿弥陀如来の御朱印

↑勢至菩薩の御朱印

 

授与場所は境内入り口に位置する御殿の入り口と、中門を直進した先の右手に位置する授与所でいただけます。

値段はそれぞれ300円になります。

仁和寺のすべての御朱印の種類や値段は以下↓の別ページにてご紹介しております。

京都・仁和寺には8日限定の御朱印があった!!仁和寺の御朱印の種類(御詠歌含む)・値段・場所・授与時間など

阿弥陀三尊像の安置場所

阿弥陀三尊座像および両脇侍像は普段は霊宝館に安置されています。

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