京都・金閣寺(鹿苑寺/旧西園寺護摩堂)「木造不動明王立像」【重要文化財】

スポンサードリンク

京都・金閣寺(鹿苑寺/旧西園寺護摩堂)「木造不動明王立像」【重要文化財】

造立年

  • 1225年(翌嘉禄元年/鎌倉時代)
像高

  • 169cm
材質

  • ヒノキ
造立方法

  • 寄木造
作者

  • 不明
正式名

  • 木造不動明王立像
重要文化財指定年月日

  • 2003年(平成15年)5月29日
安置場所

  • 金閣寺・不動堂

不動明王立像の読み方

金閣寺の境内には、難しい漢字の表記のお堂や仏像がありますが「不動明王立像」は「ふどうみょうおうりつぞう」と読みます。

金閣寺の「2つの不動明王立像」とは?

金閣寺の不動堂には、実は「2つの不動明王像」が安置されています。

  • 1つ目の「不動明王像」は御本尊「石造・不動明王像」、通称「石(いわ)不動明王立像」です。
  • 2つ目の「不動明王立像」は「木造・不動明王像」です。

いずれの「不動明王像」も金閣寺・不動堂に安置されており、国の重要文化財に指定されています。

そもそも不動明王とは?

京都・金閣寺(鹿苑寺)「木造不動明王立像(重文)」【重要文化財】不動明王は、五大明王の1尊で、大日如来を補佐する役目を担う仏様です。

サンスクリット語では「アチャラ・ナータ」と呼称します。

日本の密教の創始者とも言える弘法大師・空海により、平安時代の初頭に日本へ伝来した仏様です。

しかし一説では、大日如来が煩悩多き者に教えを説く際の、仮の姿であると云われております。

大日如来はその姿を様々な姿に変化させることできます。不動明王は大日如来が憤怒した姿です。

煩悩多き者や仏の教えに素直に従わない者を、力づくでねじ伏せる攻撃的な面を持ちます。

名前の通りなんとしても動かぬ信念を持っているのです。

不動明王の顔は怒りに燃えており「右手に」を「左手に羂索(けんさく)」という五色の縄を持っています。

この剣で敵を刺し、縄でしばりあげるのですが、もちろん人々を悪から救うための行為です。

不動明王は戦国期などの武士が栄華を誇った時代では、そのイカツイ容姿から「軍神」と呼称されて多大な崇敬を集めています。

しかし、恐ろしい形相をしているものの、本当は心優しい仏様なのです。

基本的に不動明王は童子の容姿をしています。

さらに「八大童子」と呼ばれる眷属(けんぞく)を従えています。

金閣寺の「不動明王立像」の歴史・特徴

金閣寺の「不動明王立像」は1225年(元仁2年/鎌倉時代)に造立された木造の不動明王像であり、不動堂の脇壇に安置されています。

もとは、西園寺家所有のもので「旧・西園寺家・護摩堂」の御本尊でした。

この不動明王立像は、室町時代から現代に至るまでこの不動堂から一歩も出ることはなく、ずっとこの不動堂で安置されている仏像です。

かつては彩色が施されており、毛が付けられていたことも明らかにされています。

不動明王には一般的な「剣」と「羂索(けんさく=鳥獣を捉えるための縄)」を持った姿ですが、不思議なのはその持ち方です。

金閣寺・不動明王・羂索

↑羂索の写真(画像)

金閣寺・不動堂の不動明王立像は、目を凝らして拝観すると宝剣を右手の2本指だけで持っています。

不動明王立像は、日本全国の至るお寺で見かけることができますが、右手2本指で宝剣を持つといった構図で造立された仏像は、他に例がないと云われております。

また、上半身は裸で、下半身にはかつて、なにか身につけられていたのではないかと考えられています。

不動明王の最大の見どころ「髪型」!

不動明王の髪型には特徴があり、長い髪型をしていることに気づきます。

女性のように髪を丁寧に結い上げ、胸元へ垂らしています。

この髪型は「辮髪(べんぱつ)」と呼称し、必ず左側(向かいみて右側)へ垂らしています。

実はこの辮髪には意味があり、ド頭の頭頂部分は「仏の世界」を意味し、ド頭の左側は「衆生の世界」と云われています。

つまり、左側へ辮髪を垂らす理由とは、衆生を愛するが所以と云われています。

辮髪を左側へ垂らすことで見た目の姿とは打って変わり、大変、慈悲深い仏様であることが分かります。

スポンサードリンク -Sponsored Link-

    

当サイトの内容には一部、専門性のある掲載があり、これらは信頼できる情報源を複数参照し確かな情報を掲載しているつもりです。万が一、内容に誤りがございましたらお問い合わせにて承っております。また、閲覧者様に予告なく内容を変更することがありますのでご了承下さい。

関連コンテンツ