京都・金閣寺(鹿苑寺)「茶枳尼天(ダキニテン)」

スポンサードリンク

京都・金閣寺(鹿苑寺)「茶枳尼天(ダキニテン)」

京都・金閣寺(鹿苑寺)「茶枳尼天(ダキニテン)」01

金閣寺・「茶枳尼天」の読み方

「茶枳尼天」は「ダキニテン」と読みます。

金閣寺・「茶枳尼天」の歴史・由来・ご利益

金閣寺の境内を参拝すると、おおよそ最後に参拝するであろう仏様が安置されている場所があります。

その仏様の名前こそが「茶枳尼天(ダキニテン)」です。

一見すると、近所のスーパーの新商品の天ぷらのようなネーミングをしています。

『へぃよぉ!茶枳尼天いっちょう上がり!』

・・などと発することもできてしまいますが、「茶枳尼天」は仏様の名前です。

金閣寺の「不動堂」を過ぎると、左手に「茶枳尼天の祠(ほこら)」が見えてきます。

この祠には、赤い提灯に「茶枳尼天」の文字が書かれていますので、スグにお分かりになるかと思われます。

祠の中には朱色の小さな鳥居2つと、白いキツネが2体置かれています。

「茶枳尼天」が「稲荷大神」??

「茶枳尼天」は、梵語で「ダーキニー」と言います。

もともとは古代インドの女夜叉で、白いキツネに乗った女性の姿をしています。

京都・金閣寺(鹿苑寺)の「茶枳尼天(ダキニテン)」とは?↑引用先:http://55bou.blog.fc2.com/

神通力をもって人の死を6か月前に予知し、その人の魂を食べると言われています。

遠くインドでは、人の心臓や肉を食べてしまう夜叉として恐れられる神です。

しかし、戦闘の神・大黒天(大黒天はインドでは戦神)に諫められ、善良な心が生まれて「パールヴァティー(カーリー神)」の待女として新たな生を得ました。

その後、大黒天から、死を予知して6ヶ月後に亡くなった人だけの心臓や肉を食べることを許されました。

インドから中国へ、そして中国から日本に伝わったのちに「ダーキニー」が乗るキツネが、稲荷神の使いの白キツネと習合して考えられるようになりました。

日本における「茶枳尼天」とは、天女として稲荷神と同じように崇敬され祀られることが多いようです。

なお、ダキニ天は高野山を開創した弘法大師・空海が崇敬を寄せ、真言密教全体の守護神として位置づけています。

「茶枳尼天」のご利益「繁栄の神」

「茶枳尼天」の案内板には、お参りすると繁栄をもたらすというように書かれています。

その昔、織田信長や徳川家康は、天下を統一するために「茶枳尼天」をよく信仰したそうです。

これは「茶枳尼天」の御利益が「開運出世」・「商売繁盛」であっただけではなさそうです。

「茶枳尼天」は、その神通力をもって、魂を食らうかわりに、願いを叶えると言われています。

ここに金閣を建てた、足利義満も野心家であったことを考えると「茶枳尼天」にお参りをしていたのかもしれません。

金閣寺・「茶枳尼天」の場所

金閣寺の参拝順序の1番最後となる「不動堂」を過ぎると、左手に茶枳尼天の覆屋(おおいや)が見えてきます。

スポンサードリンク -Sponsored Link-

    

当サイトの内容には一部、専門性のある掲載があり、これらは信頼できる情報源を複数参照し確かな情報を掲載しているつもりです。万が一、内容に誤りがございましたらお問い合わせにて承っております。また、閲覧者様に予告なく内容を変更することがありますのでご了承下さい。

関連コンテンツ