京都・仁和寺「水掛け不動尊・菅公腰掛石」【近畿三十六不動霊場・十四番札所】

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京都・仁和寺「水掛け不動尊・菅公腰掛石」【近畿三十六不動霊場・十四番札所】

創建年

不明

御本尊

水掛け不動明王

京都・仁和寺の「水掛け不動尊」とは?

仁和寺境内の中門をくぐった先に位置する金堂のさらに奥、御影堂の右脇には小さな地蔵尊があります。

この地蔵尊には不動明王さんがお祀りされています。

ただし、この不動明王さんは普通の不動明王さんではなく、水を掛けて祈願する不動明王さんになります。

仁和寺の水掛け不動明王さんの祈願方法

この水掛け不動明王さんは、なんと!井戸の上に安置されており、真下(手前)にはクソほど水が貯まった井戸があります。

また不動明王さんの前にはクソほど長い柄杓(ひしゃく)が置かれており、このクソほど長い柄杓でクソほど水が貯まった真下の井戸水をすくって不動明王さんのド頭の上にかけて祈願します。

ちなみにこの井戸水ですが、なんと!クソほど古くからこの地にクソほど湧き出し、未だクソほど涸れたことがないとのことです。

これも不動明王さんのお力の賜物と言うことでしょうか。

では「菅公腰掛石」の由来とは?

「菅公腰掛石」とは、この水掛け不動尊の手前にある石のことです。

仁和寺を開創した宇多天皇の側近には、あの有名な菅原道真がいました。

道真は宇多天皇の信任篤き臣下としてよく主君に仕え、後続の醍醐天皇の治世では右大臣にまで昇りつめました。

しかし道真の異例の昇進を快く思わない藤原氏は、謀略を用いて道真に逆臣の汚名をきせてしまいます。

その後、道真は右大臣の職を解かれてしまい、さらに九州・太宰府への島流し(左遷)されることになります。

そして九州へ旅立つ日の前日、お世話になった先代天皇の宇多天皇のお顔をひと目拝見し、お別れの言葉を告げようと仁和寺へ訪れます。

しかしあいにく宇多天皇は留守であったため、宇多天皇の帰りをこの石に座って待ったとのことです。

そんな由来があり、後世ではこの石を「菅公腰掛石」と呼び、今も手厚くお祀りしています。

尚、このような菅原道真が腰掛けたとされる石は、この仁和寺だけではなく、例えば奈良東大寺の境内に位置する手向山八幡宮の境内にもあります。ウフ


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仁和寺「水掛け不動尊」の歴史・由来

「水掛け不動尊」の歴史・由来

この不動尊がいつ頃から存在するのかは不明とされていますが、その昔、京都に大雨が降り、大洪水が発生したそうです。

この大洪水の折、なんと!ドコからともなく流れ着いた不動明王が堀川の川辺に打ち上げられていたそうです。

そして不動明王は、自らの周りに集まってきた村人たちにこう告げたそうです。

「私は仁和寺へ帰りたい..グハっ

それを聞いた村の人々は、急ぎ仁和寺へ事情を話してお祀りしたとのことです。

「菅公腰掛石」の歴史・由来

上述したように道真公が宇多天皇へ挨拶するために仁和寺の訪れた折、宇多天皇はお出かけ中~♪ルンっるルンっ♪であったため..コホンっ!、石に腰掛けて待つことになります。

そして道真が去った後、なんとぉぅぉ!!この石の下から水が湧き出てきたため、以降、神聖な場所として不動明王を勧請しお祀りすることになったことのことです。

仁和寺「水掛け不動尊」の効果(ご利益)

水掛け不動明王さんに水を掛けて真摯に願いを祈願すると、その願いが叶うと云われています。

その他、無病息災、厄災消除のご利益があるとも云われています。

仁和寺・水掛け不動尊の御朱印

仁和寺には、この水掛け不動尊の御朱印をいただくことができます。

授与場所は中門奥の授与所か、御殿入り口の授与所でいただくことができます。

  • 水掛け不動尊の御朱印の値段:300円

京都・仁和寺のすべての御朱印の種類については以下↓の別ページにてご紹介しています。

京都・仁和寺には8日限定の御朱印があった!!仁和寺の御朱印の種類(御詠歌含む)・値段・場所・授与時間など

仁和寺「水掛け不動尊・菅公腰掛石」の場所

仁和寺の「水掛け不動尊(菅公腰掛石)」は、鐘楼の奥、御影堂の右脇に位置します。
御影堂の御垣の東門から通りぬけて行くことができます。

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