京都・仁和寺「御殿」【重要文化財】【建造物登録有形文化財】
仁和寺の現在の御殿は1887年(明治20年)5月15日の夜に発生した失火によって焼失し、現在みることのできる御殿の姿は以前の安土桃山様式を尊重しつつ、京都在住の寺社建築家・亀岡末吉がデザインし造営したものです。
亀岡氏は寺社建築における建築家として著名であり、後に「亀岡式」と呼ばれる現代の建築様式と過去の建築様式とを融合したような独自の建築様式を生み出しています。
現在の仁和寺の御殿は勅使門、宸殿、霊明殿、渡廊を亀岡氏がトータル的に手がけており、随所に亀岡氏の意匠をみることができます。
仁和寺・御殿内部の案内地図
本坊表門【登録有形文化財】
登録有形文化財登録年月日:1973年(平成23年)6月2日
本坊表門は、一般の我々参拝者が御殿へ立ち入る時に通過する門です。
もとは京都御所の禁裏(きんり)にあった御台所門を移設してきたと伝えられています。
門の造りとしては太い木割の一間薬医門になります。
白書院【登録有形文化財】
登録有形文化財登録年月日:2011年(平成23年)10月28日
白書院は明治の火災以降に造営された仁和寺境内の中では歴史の浅い門です。
南庭の西端に建っています。
御所にある御殿らしく正面が吹放しで、内部は表と裏の双方に3部屋あり合計6部屋の構造になっています。
宸殿が完成するまでは宸殿の代わりをして使用されていたと伝えられています。
内部には襖絵があり、1937年(昭和12年)に画家の福永晴帆(ふくながせいほ)が描いた意匠であり、松をメインの題材として南側から順番に冬→夏→春・秋の景色が描かれています。
黒書院【登録有形文化財】
設計者:安田時秀
黒書院は白書院と対照をなす建物であり、宸殿の西側に建っています。
白書院との違いはいくつかありますが、外観の色が黒木造りの黒色か素木造り(白木造り)の白色かの違いがもっともな違いです。
この黒書院は仁和寺近くの花園の地に建っていた仁和寺・旧安井門跡の寝殿を移築してきたものです。
主に門跡との対面所として用いられたと伝えられています。
白書院と同様に内部に襖絵があり、1937年(昭和12年)に画家の堂本印象によって描かれた意匠になります。
北側には「竹の間」があり竹、栗、リス、南側には「柳の間」があり柳と白鷲、隣の「松の間」には松と鷹がそれぞれ描かれています。
黒書院と寝殿の間には「坪庭」と呼ばれる小庭があり、ここには竹が手植えされています。藤が手植えされていれば「藤坪」なとと呼ばれるそうです。
宸殿【登録有形文化財】
登録有形文化財登録年月日:2011年(平成23年)10月28日
仁和寺の御殿の中心とも言えるのがこの宸殿です。
この宸殿を中心とした区画は歴代の門跡が本坊として実際に生活をした区画です。
もとは江戸時代の寛永期の伽藍大造営(再建)の際に、御所の常御殿(つねごでん)が移築されて使用されていましたが、残念ながら明治20年の火災によって焼け落ち、現在みることのできる宸殿は亀岡氏の設計によって1914年(大正3年)に新たに造営されたものになります。
天皇の御殿をイメージして造営されたのが外観や内観を見て分かります。
外観は東側に中門廊を彷彿とさせる渡廊が備わり、平安期の寝殿造りの様式を取り入れて造営されています。
一方で内部は一間をまるごと用いて上段の間を設けるなど門跡らしい振る舞いの書院様式が伺えます。
また、透かし窓などは現代のデザインを取り入れ、まさに新古の文化が融合された現代版の宸殿と言うことができ、これは国内屈指です。
宸殿庭園
作庭年:推定1644年(寛永20年)
1690年(元禄3年)
1905年(明治38年)~1912年(明治45年)※明治時代後期
池泉とその周りに自生する草花や木々を中心として、背景に五重塔が映る見事な庭園です。池の木々の中には茶室飛濤亭の茅葺き屋根が少し見え、さらにその後方に見える五重塔との見栄えが見事です。
特に見どころとなるのが、かつて京都御所に植栽されていたとされる「左近の桜」と「右近の橘」が現在も同様に植栽されており、古都・京都御所の栄華を偲ばせます。
尚、この庭園はもともと寛永期の大造営(大再建)の折に作庭された庭園でしたが、明治20年の火災の後、作庭家の小川治兵衛の設計により大改造の末、作庭されなおしています。
霊明殿【建造物登録有形文化財】
登録有形文化財登録年月日:2011年(平成23年)10月28日
黒書院の北側の渡り廊下を進んだ先に位置する方形造りの堂舎です。
この御殿内にある唯一の仏堂になります。この霊明殿の御本尊はあの国宝・薬師如来坐像になり内部中央に安置されています。
他に歴代の門跡の位牌を安置しています。
霊明殿も亀岡氏の斬新な意匠と言える堂舎であり、天皇の御殿内に仏堂を威風堂々と据えるという斬新な発想をもって造営されています。
内部は他に部屋はなく、約6メートルほどの仏壇が置かれその上の厨子の中に薬師如来座像が安置されています。
天井には書院様式の折上小組格天井が張られ優美な安土桃山文化を彷彿とさせています。
勅使門【建造物登録有形文化財】
登録有形文化財登録年月日:2011年(平成23年)10月28日
勅使門は天皇の使者である「勅使(ちょくし)」だけが通行することを許された門です。
この門は白書院正面に建つ門で東面を向いて造営されています。建築様式は四脚門で前後に檜皮葺の唐破風屋根が付き、側面が入母屋造りの素朴ながら気品が漂ってくる門です。
この門のもっとも見どころとして透かし彫りの彫刻が目を引きます。
細部にみる彫刻は完膚なきまでの荘厳さがあり、唐草や花鳥が見事に透かし彫りにされています。
この門の完成度の高さを見ても分かるように門跡寺院と称された仁和寺の御殿の勅使門にふさわしい門であり、亀岡末吉の仁和寺の威容復元といった熱き思い入れが感じ取れます。
仁和寺「御殿」の拝観所要時間
仁和寺「御殿」の拝観料金(割引)
御殿では御朱印を授与していただけます
御朱印を収集されている方にとって忘れていけないのが拝観後のお楽しみとなる御朱印の授与です。
仁和寺ではこの御殿入り口で御朱印を授与していただけます。
仁和寺では御殿の入り口で御朱印帳を預けて番号札を受取り、拝観料金を支払ってそのまま昇殿します。
殿舎の拝観が終了した後、再び入り口へ戻ってきて番号札を手渡して御朱印帳を受け取ります。
仁和寺で授与していただける御朱印の種類や値段に関しては以下の別ページにてご紹介しております。
仁和寺・御殿の場所(地図)
仁和寺の御殿は二王門(仁王門)をくぐってスグの左脇に位置します。
御殿の敷地は広大で奥行きがあり、昇殿後は北へ向かって拝観することになります。
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